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『激レアさんを連れてきた。』2018年9月10日 服部玲央 無学を乗り越え社長に!

2018年9月10日放送の『激レアさんを連れてきた。』のまとめです。
小学校に6日しか通わなかったので、ウソみたいに何にも知らなかったけど、スーパーマーケットのバイトだけで文字や常識を学び、超やり手の社長にまで上り詰めた人という、ハットリさん(服部玲央さん)です。

 

今回は、漢字どころかカタカナも読めず、計算も指を使わないと出来ないほどの知識だったのが社長にまでなった人、それがハットリさんです!
ハットリさんは、コンビニのフランチャイズ10店舗を経営する社長です。
ファミリーマートさんです。

 

◆ゲスト:木下優樹菜さん、濱口優さん(よゐこ)

▽目次です▽

 

若林正恭と弘中綾香アナのオープニング


弘中 さあ若林さん。
若林 はい。
弘中 かなり私事ではありますが、5年間担当した「ミュージックステーション」をこの9月で卒業することになったんですよ。
若林 なんかニュースで見ましたよ。
弘中 はい。
若林 寂しさあるの、だいぶ?
弘中 そうですね。寂しい気持ちもありますし、不安もありますよね。
若林 不安?
弘中 今まではMステというものに下駄を履かせていただいて、「Mステを担当してます」って言うと、「ああ」って言う感じだったんですけど、これからは「激レアさん」って言っても、3割くらいしかわかってくれない。
若林 おいおい。違う。だから、テレビ朝日が「激レアさん」に集中しろってことなんだよ。
弘中 望んでないよ~。
若林 (笑) はっきり言うな。


弘中ちゃん、今日も可愛いです。
Mステほとんど見たことないんですが、弘中アナの最後を見届けたいかな。
タモリさんの横の弘中アナは、激レアさんとは全然違うようですもんね。
チェックしよ。

 

なぜ15歳まで何も知らなかったのか?

 

15歳からスーパーマーケットで文字や計算を一から学んだハットリさん。


漢字も出来なければ九九も出来ないという無知の極みだったそう。
ひらがなしか書けない、読めない状況だったとか。
15歳まで全く感じが書けなかったというハットリさんは、それまで住所は書いたことがなく、名前はひらがなで書いてしのいでいたようです。

 

そんなハットリさんですけど、7歳まで海外暮らし(アメリカ)の帰国子女でした。
日本語を全然使わず、両親はかなりの放任主義とのこと。
放任主義にもほどがある気がしますけど、本人の自主性を大事にしていたということでしょうか?


ハットリ少年は、7歳で日本に帰国し、小学校に通うもすぐに不登校になります。
理由は、日本の小学校が肌に合わなかったから、というもの。
結局、小学1年と2年で、たった6日間だけしか登校しなかったそうです。


面白いのが、小学校には行かなくても、放課後に近所の友達とよく遊んでいたんだとか。
ただ学校が嫌だっただけなんですね。


ハットリさんの地元はヤンキーの宝庫で、小学校の高学年になるとパンチパーマを当てていたそうです。
凄いですね、小学生がパンチパーマ…。
時代は、「ビーバップハイスクール」の頃だったそうです。
学校に行ってない年上のヤンキーたちから弟のように可愛がられていました。


さすがの放任主義のご両親でも、毎日のように「学校に行きなさい」とは言い続けてたらしいのですが、ハットリさんは聞く耳持たず。

 

どうやって生活を立て直した?

ハットリさんが10歳になった時、状況が一変しました。


放任主義なご両親は小学校にも行かないハットリさんに業を煮やし、全寮制の教育施設に入れることにしました。
この時、ご両親はハットリさんに何も知らせずに施設に行ったそうで、母親はずっと泣いていたんだそうです。


ハットリさんが入った施設は、不登校の子どもが普通の生活に戻るため、規則正しい生活の訓練をするところでした。


ところが、その施設にはヤンキーしかいませんでした。
初日にヤンキーたちに襲われて、所属のヤンキーチームを決めさせられました。


ところが、ここでハットリさんの運命を変える、最強ヤンキー・カタギリさんに出会いました。
当時小学6年生だったカタギリさんは、氷室京介さんに似ていたそうです。
めっちゃくちゃイケメンですね。


ハットリさんはそのカタギリさんを慕い、2人は意気投合しました。
2人で施設を脱走しては戻されるという日々を送ります。
小学6年と小学4年の2人の脱走先は、カタギリさんのお兄さんの働いているところにプレハブの小屋があり、そこで寝泊まりしていました。


そんな仲良しの2人は4年後に別れることになります。
ハットリさん14歳、カタギリさんは16歳でした。
街で札付きの悪い人たちに、カタギリさんは目をつけられます。
目をつけられるのは自分だけで十分と感じたカタギリさんは、ハットリさんにこう言ったそうです。


「お前はただの馬鹿じゃない。学校なんて行かなくたっていいんだ、でも、仕事はしっかりやる、ちゃんとした人間になるんだ!」


カタギリさんと別れたハットリさんは施設も卒業し、5年ぶりに実家に帰りました。
お母さんはすごく泣いていたそうです。


施設を卒業したハットリさんは、すっかり更生されたそうで、次なる目標が出来ました。
それが、社長になることです!

 


ハットリさんが社長と思ったのは、カタギリさんに仕事を頑張れと言われたからでした。
仕事ができる人=社長、という考えだったのです。


それがハットリさんの目標となりました。

 

なぜスーパーで働くことにしたのか?

ここでハットリさんが面白いのが、なぜスーパーで働くことにしたのか、という理由です。
それは、「スーパー」という文字が、「超強そうだ!」と感じたからでした。
本当に?冗談でしょう??
と感じたところ、ハットリさん曰く、物事を何も知らない子だったので、「スーパー」が本当に強そうだと思ったんだそうです。


スーパーで働くことを決めたハットリさんですが、上記でも言いましたが、とにかく知識が何もない状態で働こうとしていました。
当時15歳のハットリさんのスペックです。

  • 読み書き:ひらがなのみ。漢字・カタカナ不可。
  • 計算:指で数えられるまでの足し算・引き算。
  • 常識:ヤンキー界の常識のみ。
  • 礼儀作法:ヤンキー界の礼儀のみ。


番組では、総評として「ひらがなしか書けないけど、目はギンギンの15歳」と言ってました。


ハットリさんはスーパーで働くために、募集をしていないお店に直談判し、まずはお試しで2時間働くことになりました。
面白いのが、やる気満々のハットリさんは採用されてもいないのに、勝手に10時間働いたそうです。
すごい熱意です。
そして、無事スーパーの食品部門で採用されました。


新米のハットリさんは何もできないので、とにかく一生懸命働くんですが、その時も勝手に働くスタイルは変えなかったそうです。
エライのが自分が勝手に働いている時間は、修行のような感じ(助走と言ってました)で、実際の勤務時間が来るとタイムカードを押して正規の勤務時間も働いていました。
17時-22時の勤務なのに、朝8時から勝手に勤務していたそうです。
しかも、週7日間。休みなしです!


スーパーも困ったでしょうけど、ハットリさんの熱意に負けたんでしょう。


そのスーパーで、カタギリさんに続く人生の先輩と出会います。
それがクドウさんという方でした。
元ヤンキーだったそう。
すごく厳しく仕事を教えられました。
今ではパワハラになりそうなくらいの、鬼上司です。

 

どうやってスーパーで勉強できたの?

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ハットリさんの知識は上記のとおり、かなり乏しい知識力でした。
ですが、スーパーで知識を蓄えられたと、ハットリさんは言います。

  • 国語:商品のポップ作りで漢字を覚える。
  • 算数:商品の在庫確認で計算を覚える。
  • 社会:文明の利器をどんどん活用。
  • 理科:いつのまにかペットボトルの水がカチンコチン(水→←氷の状態変化のこと)


ハットリさんは漢字を覚えるのに、絵で想像して覚えたそうです。
例として「品」と言う字は、段ボールに見たてて覚えたんだとか。


計算には、電卓を使うことでクリア。
シャープペンシル、ボールペン、ホチキスもこの時に知ります。


面白エピソードとして、施設にいる時に脱走道具としてヘアピンで鍵を開けていたハットリさんは、女性がヘアピンをしているのを見ると「鍵を開ける人」と思ったそうです。

 

ハットリさんの特殊能力 万引きを見極める力

また、ハットリさんには元ヤンキーということもあり、特別な潜在能力がありました。
それが悪人を見抜く力でした。


ゲストの木下優樹菜さんも「わかる!」と言ってました。
元ヤンの能力なんでしょうか(笑)。


ハットリさん曰く、「目」が決め手なんだとか。
悪いことをしようとする人は、目玉が変な動きをするんだそうです。
ただ当時はまだ常識がなかったハットリさんは、万引きした人を倒してしまいます。


こうして、勉強から社会のルールを全てスーパーで学んで成長していきました。


当時のハットリさんを知る人の話がよかったです。
見た目は怖そうなのにいつも元気で挨拶をしてくれたり、入店するとカゴを走って持ってきてくれたり、スーパーの外で会ったら「また来てください。お店で待ってます」と挨拶したり。
いつも一生懸命スーパーで働いていたようです。


小学校を行っていない分、知識がない分、全力で取り戻したいという気持ちが強かったと話してました。


4年間一生懸命スーパーで働いたハットリさんは、ついにスーパーから社員にならないか、と言われます。
19歳でした。


でも、社長になる目標があったハットリさんは、社員になることを断りました。

 

どうやって社長になったの?

スーパーに熱心に働く青年がいる、と噂になります。
これだけ一生懸命ですから、それは話題になりそうです。
ある日、40代のおば様が突然声をかけてきます。


「ウチのコンビニで働きませんか?」


ここでハットリさんはコンビニを選ぶのですが、理由はスーパーでは食品部門担当だったため、コンビニでは全部門に携われると判断したんだそうです。
社長になるためには、全部見る必要があると思ったからです。


そこから1年後の20歳の時、ハットリさんはコンビニの店長になりました。
23歳には、コンビニのオーナーになります。


この若さでスピード出世をするのですが、なぜハットリさんが出世できたのか?
それは、「お客様へのおもてなしの心」にあり、お客様から「ありがとう」という満足の言葉が嬉しくて、接客業に励むことが出来たんだそうです。


そんなハットリさんのおもてなしの一例です。

  • コンビニのトイレでおしぼり(賛否両論で特に女性から嫌がられた)
  • 長距離ドライバーの忘れ物を家まで届ける(免許証をコピー機に忘れたため神奈川のコンビニから群馬まで行った)
  • ディズニーランドで人探し(GWに利用の購入だったのに、休日使えないチケットを売ってしまい、ディズニーランドの入口で客を発見し渡す)


そのおもてなし精神で出世街道を駆け上がり、有名コンビニ(ファミリーマート)のフランチャイズを10店舗経営する会社の社長になりました。


ハットリさんは社長として立派な社長になるために、日々精進されてます。
「学校を卒業していない分、学びが止まらない」と話してました。


ラベリングは「これからもありがとうをカツアゲする人」(激レアさん No.61)でした。 

 

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