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『激レアさんを連れてきた。』2018年12月10日 佐々木美智子 銃撃戦を経験した84歳の生涯現役ママ

2018年12月10日放送の『激レアさんを連れてきた。』のまとめです。
ブラジルでめちゃめちゃ銃撃戦を繰り広げた経験があるゴールデン街伝説のママ、ミチコさん(佐々木美智子さん)です。

 

激動の昭和を過激に生きた人、それが84歳のおばあちゃんのミチコさんです!
見た感じは可愛らしいおばあちゃんなんですけど、激動とか、銃撃戦とか、ブラジルとか…。
なんだか凄いワードが飛び出すんですけど、どんな感じなんでしょう、とワクワクしてみました。


ギャングといえばマフィアなお友達がいたという激レアさんが面白かったです!

『激レアさんを連れてきた。』2018年8月13日 加藤ジェームズ マフィアの同級生話に釘付け - 今日も暇です。


今回はどんな激レア体験なんでしょうか。


◆ゲスト:中条あやみさん、塚地武雅さん(ドランクドラゴン)

 

▽目次です▽

 

 

ミチコさんはバー「ひしょう」の現役ママさん

ミチコさんが登場すると、本当に可愛らしいおばあちゃまなので、塚地さんは「素敵に年をとられている」とおっしゃってましたが、まさにその通りです。
笑顔も素敵なおばあちゃまでした。
激レアさんのテーマ発表をされると、若林さん、中条さん、塚地さんの驚きはハンパありませんでした。
こちらもなにもテーマを見ずにみたら「ええ!?」と驚くのは間違いなし!


過去に、銃撃戦に巻き込まれたというよりも、自ら銃を撃ったというミチコさん!
興味津々です。


そんなミチコさんは、現在新宿のゴールデン街でBAR「ひしょう」のママをされてらっしゃいます。
84歳ですけど、バリバリの現役です!


「ひしょう」の店内が出てましたけど、昭和な感じのするアットホームなバーでした。
壁にいっぱい貼られている白黒写真が気になるんですけど。。。

 

アウトレイジと仁義なき戦い 1956年~

  1. 北海道根室の出身。
  2. 1954年(20歳)離婚して単身上京。手に職をつけたかったため東京へ。
  3. 職探しをしに新宿へ。そこでたくさんの屋台屋を見つけ、おでん屋台のおばあちゃんに弟子入り志願。
  4. 無事おでん屋をスタート。
  5. 大盛況のおでん屋さんは怖い事務所の組長さんもファンだった。

 

③おばあちゃんがやっているのを見て、これなら自分にもできそうということで弟子入りを志願しましたが、断られます。3日間通っておばあちゃんから別の方を紹介してもらいます。
それが「ガチガチに怖い人がいる事務所」だったそう。あ、「や」のつく職業の事務所ってことですね、きっと。それは怖い!番組ではアウトレイジな方々って言ってました。
そこではショバ代始め、いろいろとお金が必要なことを知らされました。それをすべてのんで屋台を開きます。


④当時は20代の若い女性1人が屋台をやっていることがありませんでした。しかもミチコさんはとても綺麗な女性。当然屋台にはミチコファンが続出して大繁盛!
屋台は夜から朝方まで営業しているのですが、大繁盛のため3時間でおでんが完売しており、18時~21時で終わってたそう。


⑤組長さんの事務所に呼び出され、「俺の女になれ」と言われましたが、ミチコさんは断ります。
ミチコさんの理由は、そのために上京したわけではない、何かをやりたい、こんなことで人生を終わりたくない、という理由からでした。
翌日から若い衆が4~5人来て、ミチコさんの屋台をひっくり返すという嫌がらせを受けました。それも1週間続いたそうです。1週間後に親分が「このアマには男がいない。もっと別の場所に移してやれ」と言ってくれて、もっといい場所に移れたんだそうです。

 

学生運動のカメラマンとして活躍 1959年~

  1. 常連客から映画の編集の仕事を誘われる。
  2. 1962年 共同作業が嫌でカメラマンに転職する。
  3. 学生運動真っ只中だったため、そういう写真を多く撮影。

 

①常連客には作家や映画関係者もいたそうで、その中の人に「キミ、カタギにならない?」と言われて編集の仕事に誘われました。ミチコさん、アウトレイジな仲間だと思われていたようです。


1960年代は学生運動の最盛期の時代。ミチコさんはそういう学生たちをたくさん写真に収めました。ゲバルト棒を持った学生たちの写真の紹介がありました。
バリケードの中へも潜入して撮影されてました。機動隊との抗争にも巻き込まれて、学生に間違えられてボコボコにされたこともあるそうです。木の下で撮影していたら、木に催涙弾が当たって催涙を浴びたこともあるとか。

 

カオスだった新宿ゴールデン街時代 1968年~

  1. 学生運動の時代も終焉を迎え、新たな刺激を求めて新宿ゴールデン街へ。
  2. ミチコさん、ゴールデン街にBAR「むささび」をオープン。
  3. ミチコママの言うことは絶対というルール。
  4. 1972年 高級クラブ「ゴールデンゲート」をオープン。

 

この頃のゴールデン街は怪しさ満点。ゲイバーやぼったくりバーなどがひしめき合い、日本一カオスな地帯でした。
ミチコさんは、赤線と青線の説明をしてくれました。初めて聞く言葉です。
赤線は「戦後から昭和33年までは、買売春が認められていた飲食街の別称」で、青線は「非公式で、違法に買い売春を行っていた飲食店街の別称」なんだそうです。
新宿ゴールデン街は青線でした。警察の手入れもあったようです。
そんな混沌としたカオスなゴールデン街に、ミチコさんは「こんな面白いところはない」と思ったそう(笑)。


③常連客には、石橋蓮司さん、篠山紀信さんなどがいらしたそうです。まだまだ売れてない頃でした。「むささび」は2階から乱闘騒ぎが日常茶飯事だったそうです。
ただし、ミチコママが怒ると、常連客はみんな大人しくなりました。

 

ブラジルへ行き、BAR「MARUMI」開店と銃撃戦… 1980年~

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  1. ブラジルの映画を見て、ブラジル行きを決め、ブラジル・マナウスへ向かう。
  2. 1982年 マナウスで、BAR「MARUMI」をオープン。
  3. 「MARUMI」に客を取られた街のギャングが大激怒。
  4. 用心棒をかってでた恋人ジョアレースが大乱闘。
  5. 乱闘が行き過ぎて、ギャングが威嚇射撃をしてきた。
  6. ギャングがしつこく付きまとい、ジョアレースが大激怒。
  7. ジョアレースvsギャングの銃撃戦 ミチコさんは銃口に指を入れて銃撃戦を沈める。
  8. ギャングがまだ撃ってきたため、ミチコさんが銃撃戦に参加!
  9. 射撃の腕はプロ級。
  10. 銃撃戦の翌日、ギャングたちが飲みに来店。

 

①見ていた映画は「黒いオルフェ」で、リオのカーニバルを観たいという刺激だったそうです。そして、ブラジル・マナウスへ。お金を貯めて、売り上げが好調だった高級クラブ「ゴールデンゲート」をたたんで行ったそうです。


②今でいうインスタ映えするような内装で、最新ミュージックがガンガンかかっている、とてもオシャレなBARでした。女性に人気のBARとなります。女性目当ての遊び人も「MARUMI」に集まってくるようになりました。大繁盛ですね。
あまりに大人気なお店になってしまい、周りのBARにはお客が来なくなるほどだったとか。


③ギャングたちに嫌がらせを受け、当時の恋人のジョアレースに相談をしました。ジョアレースは「僕が用心棒になって、キミを守るよ」と言ってくれたそうです。クロちゃん…と思ったのは内緒です(笑)。
ジョアレースは絵描きで、テレビの番組を持っていたぐらいの人でした。


⑥ついにキレたジョアレースがお店の銃(護身用)をかき集めようとします。そこで危険を察知したミチコさんは、お店にいた人を逃がしました。


⑦若林さんが「ブラジルのギャングだ。『シティ・オブ・ゴッド』だ」って言ってました。この間の『クレイジージャーニー』でも出てましたね。
銃撃戦に備えて、学生運動時代に知っていたバリケードを作ったんだそうです。凄い!役立ってますね。
ミチコさんはジョアレースが人を殺さないように、銃口に指を入れて撃たないようにしたんだそう。頭に血が上りやすい人ですもんね、ジョアレースって。


⑧ギャングがまだ撃ってきたため、ミチコさんも参加しますが、あくまでも威嚇射撃です。人を狙っているのではなく、下の方を狙って撃ちました。


⑨ミチコさんは近所の射撃クラブに通っていたため、腕はプロ級だったとか。射撃の先生に「帰化してオリンピックに出ろ」とまで言われる腕前だそうです。面白すぎ!
この時使用した拳銃は22口径でした。
番組では銃撃戦の再現をしてくれましたが、ミチコさん、カッコよかったです!


ミチコさんはブラジル人のこういう大らかなところが好きだって言ってました。
十分稼いだということと潮時と思い、銃撃戦から1週間くらいで「MARUMI」は閉店したそうです。

 

帰国後伊豆へ。そしてゴールデン街に再び!

  1. ブラジルから帰国後は伊豆に。
  2. 79歳になった時、ゴールデン街に戻ることにする。
  3. BAR「ひしょう」をオープン。


ミチコさんはお店を何度もオープンさせてますが、全部3年以内で閉店していたそうです。
それがBAR「ひしょう」は5年目になったとか。ミチコさんはゴールデン街を見届けたいと言ってました。
「ひしょう」の魅力は、古き良きゴールデン街を再現して、アットホームな空間であり続けていることだそうです。
ミチコさん、生涯現役宣言をされてました!素敵ですね。

 

ラベリングは「ブラジルのギャングの人」(激レアさん No.75)でした。

 

若林さん、最高!(笑)
ミチコさんが楽しそうにお話をされているのが印象的な回でした。
素敵な年の取り方ですね。

 

 

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