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激レアさん 2月22日 松田裕美 人付き合いが苦手だったのに人との縁が発展して成功!

2020年2月22日放送の『激レアさんを連れてきた。』を観ました
今回の激レアさんは「普通の主婦だったのに、単なるヒモを売るだけで年商7億円を叩き出す億万長者の社長になっちゃった人、マツダさん(松田裕美さん)」です。

 

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めちゃくちゃ面白かったです!
やっぱり激レアさんはこうじゃなくっちゃ!


わらしべ長者というよりも、人見知りが激しいマツダさんが縁とアイデアで大成功を収める話でした。

 

 

▽目次です▽

  

若林が「2月22日は猫に日」で困惑のオープニング

  1. 可愛い子猫ちゃんの動画をオープニングで見せられた若林は苦笑い
  2. 弘中アナが「2月22日は猫に日」だと説明。「ニャンニャンニャン」
  3. それを聞いた若林が「俺がこんなことを言うの生意気なんだけど、出だしの数字(視聴率)困ってんの?」と尋ねる。
  4. 弘中アナは小首をかしげて苦笑い。
  5. それを見て察したのか若林は「俺もオープニングアンケートとか書きますよ。なんなら。やりますから!」と話すと、弘中アナが「本当ですか?」と喜ぶ。


◆◇◆ ◆◇◆


弘中ちゃんのリアクションを見ると、困っているんでしょうね。
素直に受け入れてました。
前のように、若林さんと2人のオープニングトークでいいのになぁ。

 

 

 

マツダさんはクラフトヒモで人生が激変!

  1. 利用するのはクラフトバンドと呼ばれる紙で出来たヒモ。
  2. マツダさんはヘソクリ7万円で起業し、年商7億円にまで成長させた。
  3. 「ヒモ界の女神様」←若林から「違うヒモ(の意味)に聞こえる」とツッコむ。
  4. 自宅は敷地面積300坪で、3階建ての家。噴水付き。
  5. 家の中には、マツダさん専用の滑り台がある。付けた理由はちょっと早く出勤出来る!←「ここまでで十分変な人とわかる」と若林。
  6. 「雑誌の裏表紙にある怪しい広告」を本当に実現したのがマツダさん!

 

◆◇◆ ◆◇◆


ここまでで十分イジられまくるマツダさん。
非常に綺麗な奥様という感じの女性です。

 

 

マツダさんとヒモの出会い

  1. 今から18年前。小学生の息子さんと保育園に通う娘さんを育てている主婦だったマツダさん。
  2. 当時は専業主婦。収入はゼロ。ご主人様から毎月渡される5,000円のお小遣いでやり繰りしていた。
  3. マツダさん曰く、働いていなかったので5,000円のお小遣いで十分。また100円ショップでだいたいのものが手に入る。
  4. 趣味にお金を使えなかったため、「草むしり」が趣味だった。
  5. 草むしりはタダの上、綺麗になると達成感がある。
  6. そしてヘソクリを貯めていた。
  7. マツダさんの運命を変えたのが、長男の保護者会で開催された手芸教室。
  8. 極度の人見知りだったため、保護者会に行きたくなかった。ママ友がゼロ。
  9. マツダさんが重い腰を上げたのは、長男は男の子なので学校のことを全く話してくれなかった。大家さんに話をしたら、そういう状況なら学校の行事には積極的に参加すべき、とアドバイスされた。
  10. そこでクラフトバンドと運命の出会いを果たした。


◆◇◆ ◆◇◆


すごく正直に話されるマツダさんが面白かったです。
結構きつめな言い方でしたし。
大家さんとだけは仲が良かったんですね。
結果として、大家さんの言うことを聞いてますし。

 

 

 

ヒモからわらしべ長者スタート

  1. 当時の手芸界では、クラフトバンドは不人気だった。
  2. 保護者会ではママさんたちは飽きてしまい、おしゃべりに夢中。
  3. 人見知りのためママさんと話したくないマツダさんは、クラフトバンドに没頭。
  4. マツダさん曰く、話に入ってはいかなかったが耳から学校の情報を聞き出せた。←人見知り仲間の若林も「人見知りは人の話を凄く聞いている」大人になると実はそれがバレているとも説明。
  5. 初めてやったクラフトバンド。2時間でそこそこイイ感じのバッグが完成。
  6. マツダさんは不器用ではないが、手芸は苦手なタイプ。
  7. 針や糸は苦手だが、クラフトバンドは木工用接着剤・ハサミ・洗濯バサミで作れる。
  8. これでクラフトバンドにハマるマツダさん。
  9. 作りまくるマツダさんの自宅には、毎日3つずつバッグが増えていく。
  10. 当時クラフトバンドはホームセンターに売っていた。それも米袋を縛るヒモとして販売。
  11. 400mの大きな巻物のようなクラフトバンドが2,000円で売っていた。⇒10個くらい作れる。
  12. クラフトバンドのバッグは丈夫で軽くて、汚れても惜しくないということで、保育園の娘さんに持たせていた。


◆◇◆ ◆◇◆


当時たくさん作ったのをヤフオクとかで売ったのかと思いきや、娘さんに持たせるがキーポイントなんですね。
なるほど!
丈夫で軽くて安くて手軽で汚れてもへっちゃらって、確かに最強かも!

 

 

 

保育園に通う娘さんが奇跡を呼ぶ

  1. 保育園で娘さんの持っているバッグをお友達のハルカちゃんがカワイイと褒めた。
  2. するとハルカちゃんのお母さんも同意。すごく社交的な奥様だった。
  3. 人見知りのマツダさんにグイグイ食らいつくハルカママ。
  4. マツダさんの手作りと知り、マツダさん宅で編み物を教えてもらうことを言い出す。
  5. 押し切られたマツダさんは、渋々ハルカママに教えることになる。
  6. マツダさんの技術に感動したハルカママは、「お友達に広めたい」と言い出す。
  7. ハルカママの紹介で、マツダさん宅にみんな集まってクラフトバンド手芸を楽しむことになる。
  8. これが半年後には100人を超す生徒が通う人気手芸教室状態となる。
  9. 超人見知りのマツダさんは、自分がクラフトバンド手芸で感動したように、みんな同じように感動する姿を見て、「一緒だ」と共感を覚えた。
  10. 共通の趣味の仲間ということで、少しずつ仲良くなっていった。
  11. ここまでは、口コミで勝手に広まったため「無料」で教えていた。
  12. 友達の友達の友達クラスになると、どういう躾をされて大人になったのだろうという人もいた。勝手に冷蔵庫を開けて牛乳を飲んだり。
  13. 人数が増えていったため、公民館で開催するまでに勝手に拡大していった。
  14. 生徒が増えすぎて、週2ペースで教室を開くまでになった。それも強制。
  15. ここでマツダさんに大ピンチがくる。教えることがなくなってしまった。


◆◇◆ ◆◇◆


ハルカママみたいな方っていますよね。
でもそういう人って、今は貴重かも。
世話好きオバサンって結局は温かいイメージ。

 

 

 

見るものすべてを編んでしまうマツダさん!

  1. マツダさんが公民館を借りてまで教えていたクラフトバンド手芸は、たった5種類のみだった。
  2. マツダさんは危機感を覚え、目に付いた編み物を解体し、それをクラフトバンド手芸に活かすように編み方を開発。
  3. 世界中の編み物を参考にして、編み方を独学で学んでいった。
  4. 一例:電車の中で気になるバッグを持っている人を見つけると、編み方がわかるまでじっと見つめて解いていた。途中で乗り換えがあれば、付いて行って編み目を見ていた。
  5. こうやって編み方を独学で学んだうえ、自分でも編み方を考案。編み物以外の建築物などからも参考にした。「あれ編める!」
  6. ギリシャの柱やヘビの模様を見ても、「編めるな」と思うというマツダさん。
  7. 100種類の編み方を習得!


◆◇◆ ◆◇◆


これは凄かったです。
すごくキレイな作品が出てきて、それの元がギリシャの柱だったとか。
柄を見ると編み方に反応してしまうというマツダさんでした。

 

 

財政がピンチに!

  1. 生徒も増えていくが、金銭的に苦境に追い込まれる。
  2. 材料はマツダさんが買って、生徒の頭数で割って教えていたため、利益ゼロ。
  3. 旦那様が普通に働いているので、みんなが楽しければいいやと思っていたマツダさん。
  4. マツダさんが3人目のお子さんを妊娠した時のこと。出産のために入院した病院で大きく変わった。
  5. 陣痛の真っ最中でもカゴを制作していたマツダさんに、看護師長が言った。「このカゴ、オムツ入れにちょうどいい」
  6. 生まれるまでにオムツカゴを編むと頑張っていたというマツダさん。気が紛れるというのもあった。
  7. 産婦人科は出産したお母さんにオムツやミルクをプレゼントする。紙袋に入れていたが、マツダさんの編むカゴを見て「これに入れて渡したらすごく喜ばれる」と看護師長が気に入ってくれた。
  8. ここで大量のカゴのオファーを受けた。ちゃんと正式に仕事として発注すると言ってくれた。
  9. 多い時で月に200個の発注があった。
  10. さすがに大量なため、ハルカママを始めとしてマツダさんの教室に通っていたママ友たちに、内職として給料を払って手伝って貰った。
  11. ママ友チームを設立:内職チームを作って毎月納品した。だんだんと会社っぽくなり始める。


◆◇◆ ◆◇◆


人がいいんでしょうね、
周りのママ友も別に裕福ではないでしょうし。
みんなでワイワイやっているのが楽しかったんだと思います。
でも、こういうご縁を大事にしていたからこそ、今に繋がっているのでしょうし、ママたちの雇用にも繋がっています。

 

 

起業への道…カラフルヒモの開発!

  1. カゴ作りの材料となるヒモの生産にも挑む。
  2. ここからヘソクリ7万円を元手に行動を開始していく。
  3. この時点で旦那様に内緒だった。
  4. 理由は3人目の子供が生まれたばかりだったため、反対されるのが目に見えている。
  5. マツダさんはここで諦めたらきっと後悔すると思った。生まれて初めてここまで出来て大きくなったため、諦めたくなかった。
  6. マツダさんの行動①:全国のタウンページを取り寄せ、カラフルなヒモを作ってもらうことを試みた。
  7. クラフトバンドの色が茶色だけで可愛くない。これがそもそもクラフトバンドが不人気だった理由。
  8. ダウンページを取り寄せたら、全国のNTTから個別に届き、6畳一間が埋まった。旦那様が絶対に入らない部屋に置いておいた。
  9. 北海道から電話をし、群馬で「米帯」と呼ばれていることと、作っているのは静岡県の工場と教えてもらった。
  10. マツダさんの行動②:生後3ヵ月の乳飲み子を連れてアポなし訪問。千葉⇒静岡。
  11. 7万円のうちの2万円を持って、カラフルなヒモを作って欲しいと頼んだ。
  12. マツダさんの熱意を受けて、カラフルなヒモを作ってくれる製紙工場があった。
  13. これで新色をお願いしていった。1本の中もカラフルにして欲しいという注文もした。
  14. マツダさんは「クラフトバンドには可愛い」と広めるためにも、材料のヒモの色にこだわった。
  15. マツダさん以外にも先生を育成し、色を増やしてもらうことで、編む側も工場も潤う形にしていった。
  16. カラフルヒモは手芸史に残る大発明だった。
  17. マツダさんのところでしか手に入らないヒモのおかげで、購入層も広がった。
  18. 残りの5万円でネットショッピングができるホームページを開設!
  19. 全国どこからでも手芸用品を購入できるようにした。
  20. これが爆発的に売れ、クラフトバンド界のシェア90%にまで広げる。
  21. 競合他社は現れたが、マツダさんのところは300色ある上、編み方を教える協会も持っている。
  22. 一般社団法人クラフトバンドエコロジー協会は、マツダさんが代表理事を務める。3500人所属。この先生方が楽しさを広めているので「大丈夫!」
  23. ホームページ開設後、アパートの一室を借りた。
  24. クラフトバンドと出会って4年。マツダさんが41歳の時、ママ友の皆さんと一緒に「エムズファクトリー」を起業。
  25. 創業14年で年商7億円にまで成長した。
  26. マツダさん曰く編める人が社員じゃないと、お客様の問い合わせに答えられない。
  27. 友達だったママが35名の。従業員に。

 

 

まさかの不幸もあり…

  1. 会社を急成長させたマツダさんだが、悩みもあった。
  2. やっと友達が初めて出来たマツダさんだが、みんな会社に入っちゃうと「社長」と呼び始める。
  3. そうしたら、お茶にも誘われなくなったという。また友達がいなくなったというマツダさん。
  4. 3500人の協会員も「代表理事」と呼ぶ。
  5. マツダさんは旦那様に内緒で全部始めたため、途中でいなくなってしまったとのこと。
  6. 旦那様は途中で「ヒモ」みたいになっちゃったそう。


◆◇◆ ◆◇◆


ラベリングは「世の中 編めるモノだらけの人」(激レアさん No.141)でした。

 

通常、激レアさんでは離婚のことはオフレコらしいです。
円満なところだけ出てくるんですね。
それなのに、マツダさんはぶっちゃけてくれました(笑)。

 

若林さん、「ヒモ」に絡めるかと思いましたけどブラックになっちゃうので避けましたね。
それでいいと思います。

 

窪田さんが「人生はカラフル」と言ってました。

 

人見知りでも、結局は人が繋いだ縁から始まったんですよね。
口コミの力はいつの時代も有効ってところかな。

 

そういえば、若林さんがラジオの出待ちで、「オードリーの企画書を書いてきました」という人がいると話してました。
 

 

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